YOSAKOIソーランがどのようにして始まったか知ることができる1冊

北海道生活

札幌を代表するお祭りといえば、冬の雪まつりと共に6月に開催される「YOSAKOIソーラン」が有名です。

私も移住してから初めて目の前で見た時に、想像以上に盛り上げりに圧倒されました。

そんなYOSAKOIソーランもこれだけの大イベントになるまでには数々の紆余曲折位があったようです。

今回はYOSAKOIソーランがどのようにして開催されるようになったかを知ることとができる1冊の本を取り上げます。

 

スポンサーリンク

YOSAKOIソーランが開催されるようになったあらましが書かれた本

紹介する本はこちら、

YOSAKOIソーラン祭り―街づくりNPOの経営学」です。

 

この本ではYOSAKOIソーランがどのようにして生まれたかについて、創始者である長谷川岳さんと、運営などで様々なアドバイスをした北大教授の坪井善明さんとの共著です。

共著という形ではありますが、ほとんどが長谷川さんによる書下ろしとなっております。

 

内容としては。YOSAKOIソーランをはじめようと考えたきっかけから、第1回を開催するまでの過程、その後開催を続けるに当たっての問題点や運営方法について、事細かに書かれております。

特に第1回目の開催にあたっては、企業からの協賛金集め、本場高知のよさこいの有名グループの招聘するにあたっての交渉、北海道と高知の知事対談を計画し、祭りを公的に公認してもらおうと奔走していました。

当時、北大の学生であった長谷川さんらの勢いと行動力とに加え、緻密な計算の元に計画を実行していたことがわかります。

 

1回目に成功を受け、その後2回3回とYOSAKOIソーランが続くようになりました。

しかし、規模が大きくなるにつれ、どんな団体でも対面する問題、運営方法、資金集め、事務局の設置、税金の問題等々が明らかになります。

当初は学生だけでしたが、次第に社会人を中心に祭りの参加者も運営に加わり、様々なアイデアを出して、YOSAKOIソーランをこれだけの規模にしていった過程も描かれております。

スポンサーリンク

 

YOSAKOIソーランが一大イベントとして成功した要因

YOSAKOIソーランががこれだけ成功した理由として、本書から読み取れたのは、運営側が積極的に日本全国、さらにはブラジルのリオのカーニバルなど様々な祭りを見に行き、よいところを積極的に取り入れ柔軟に対応できたことだと思われます。

それに加え、北海道という土地柄なのか、あまり古い伝統に固執せず、新しいものを取り入れることに抵抗がないのでしょう。

 

今回取り上げた本は2002年に発行されており、街づくりの経営学という視点で書かれた本になっております。

ただ、実質的な内容はYOSAKOIソーランの歴史そのものです、ビジネス書というより、ドキュメントとして読んで楽しめるでしょう。

 

 

スポンサーリンク

 

YOSAKOIソーランのキャッチフレーズ「街は舞台だ」

1992年、当時北大の学生であった長谷川岳さんが高知県のよさこい祭りを見て感動し、ぜひ北海道でもそういう祭りをしたいと、北海道のソーラン節を混ぜ合わせた踊りを考え、よさこい祭りと同じように札幌の街中で祭りをしようと、学生主体で始まったのがYOSAKOIソーラン祭りです。

「街は舞台だ」

これは、YOSAKOIソーラン祭りの一貫したテーマであり、当初から使われているキャッチフレーズです。

この言葉は第1回開催時に、なかなか道路や公園の使用許可が下りなかったことに端を発し、行政側は「使わせてやる」という感覚を持っているが、そもそも公共の施設は誰のものでもない、誰もが必要なときに利用できるべきだ、そんな意味をこめて「街は(われわれの自己表現の)舞台だ」とアピールしたかったとのことです。

今では200万人近くの観客を動員するイベントになりましたが、今でもそのスタンスは一貫しております。

 

なお長谷川岳さんは、現在自民党所属の参議院議員として活躍されており、坪井先生は早稲田大学大学院で教鞭を取られた後、2019年に定年退職し名誉教授となっております。

規模がこれだけ大きくなってきたYOSAKOIソーラン、大きくなるにつれ批判の声も上がっており、観客動員や参加チームも伸びていないようです。

この本を読んでYOSAKOIソーランの基本理念を知ることができ、今後も北海道の活性化のためにも続くことを祈るばかりです。

2020年は新型コロナウイルスの影響で中止になってしまいましたが、翌年開催するときは、初心に戻り盛り上がることを期待したいです。

 

【関連記事】:YOSAKOIソーラン祭りを初めて見てきた!移住して最初のイベント!