六花亭についての児童書「お菓子の街をつくった男」がいい話すぎる

北海道生活

以前、北海道に関する本を趣味で集めていたときに、珍しいものが1つありました。

小学生を対象にした児童書なのですが、大人が読んでも為になる内容でした。

六花亭の創業者小田豊四郎の話なのですが、意外なことも知ることもできました。

今回は六花亭にまつわる話の児童書を紹介します。

 

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六花亭の創業者小田豊四郎の本「お菓子の街をつくった男」とは

表紙からして、児童書というのがわかるかと思いますが、中身はすごく充実しています。

北海道を代表する製菓会社「六花亭製菓」、元々は札幌千秋庵から暖簾分けされ、長年「帯広千秋庵」として長く親しまれていましたが、あることをきっかけに1977年(昭和52年)に今の名前になりました。

六花亭の名前が使われるようになったのがそれほど昔ではないということが意外でした。

 

このことは、今回取り上げる「お菓子の街をつくった男―帯広・六花亭物語」に書かれている内容の一部です。

タイトル通り、六花亭の歴史と共に歩んだ小田豊四郎の物語が描かれております。

 

本書は小学校3~4年生以上を対象とした児童書なのですが、80ページほどに渡りその歩みが書かれており、大人が読むにも十分に読み応えのあるものになっております。

新しく知ることも多く、実際に読んでとても興味深い内容でした。

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「お菓子の街をつくった男」のレビュー(感想)

六花亭のおかし

今回取り上げた「お菓子の街をつくった男」は児童書なので、30分もあれば読めます。

ただ内容はしっかりしており、小田豊四郎の仕事に対する信念がしっかりとかかれており、下手なビジネス書や自伝よりもグッと来るものがありました。

 

印象的な内容の1つに、小学生が課外活動の一環として小田を取材するシーンがあるのですが、一番辛かったことはという質問に対し店の名前を変えることだったと語っております。

質問をした小学生はポカンとするのですが、小田は「○○ちゃんは自分の名前は好き」と語りかけ、「自分の名前を変えるのはどう思う」と続け、辛かったことに対しみんな納得をします。

でも、なぜ名前を変えなければいけなかったのか。

 

小田は札幌千秋庵で働き始め、その後帯広千秋庵を譲り受け、当初は倒産寸前だった店も軌道にのり始めます。

途中で様々な困難もありましたが、知名度も上がり、やがて全国に広まっていきます。

そんな中、当時の主力商品であるホワイトチョコレートを道内各地で売ることを考えていたのですが、札幌千秋庵から待ったがかかりました。

実は「帯広千秋庵」という名前で商品を販売するのは十勝地方に限られており、それ以外の地域で売ることができませんでした。

「ふきのとう」という会社を作り販売する計画を立てたのですが、それでも札幌千秋庵から許可は下りませんでした。

小田は様々な人に相談をし、千秋庵という名前を捨ててでも、おいしいお菓子を食べたいというお客さんの要望に答えることこそ「愛」と考え、45年もの間名乗ってきた暖簾を苦渋の決断で下ろしたのです。

 

六花亭にもこんな大変な過去があったのだなあと知ることができ、個人的にも色々と為になった本でした。

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「六花亭」の名前は雪の結晶が由来

以上、「お菓子の街をつくった男」のレビューでした。

なお、現在の「六花亭」の名前は東大寺管長の清水公照師が雪の結晶を意味するものとして名付けられました。

その後も常に良い商品を届け、お客さんの側に立つ経営を心がけ、北海道を代表する製菓会社として発展しております。

本書の中で小田は「人は社会に役立つような仕事をすることを、人生の大事な目標にすべきだ」と語っております。

私もこの本を読み、その認識を新たにしました。

 

この本は小学生はもちろんのこと、大人が読んでも心に感じるものがあるはずです。

特に仕事などで悩んでいるならば、読むと刺さるかもしれません。