ミニマリストの持ち物は使い捨てで十分!一生モノと無理にこだわる必要はない

持ち物

ネットの記事か雑誌かはっきり覚えてないのですが、持ち物は一生ものだをということにこだわらず、必要なくなったら潔く捨てられるもので十分だという記事を目にしました。

私自身もこの考えには100%同意で、いらなくなれば躊躇なく手放してしまうことが多いです。

 

ミニマリストには持ち物が少ない分、所有物のこだわりが強く、品質・デザイン・使用感全てにおいて選び抜いた物を使っている方が多いです。

それが自分の生活様式やパーソナリティーを表すものとなるため、そのスタイルに共感するケースもあるでしょう。

 

そのようなこだわりのスタイルは、生きていく上で自分にハリや活力を与えるものとなりますので、とても素晴らしいことです。

しかし私の場合、物に対しての執着が薄く、一生ものを持ち続けるというこだわりは全くありません。

そりゃ、多少は気に入ったデザインで、使い勝手が良いものを選んではいますが、最終的にはなるべく安いもので良いです。

 

なぜなら、私は昔から貧乏性でケチなところがあり、安いものを見つけるのに喜びを見出すタイプです(笑)。

それに、物というのは使っていくうちに、いずれは壊れて使えなくなります。

例えば服、どれだけ大事に手入れしても、長年着ていれば生地がへたったり、薄くなって穴が空き、着れなくなる時がきます。

 

昔は見栄を張ってブランド物など高い服を身につけていたこともありましたが、歳をとるにつれて薄れてきました。

今ではそれこそGUや最近話題のワークマンなどで十分!

探せば安くて、デザインもセンスがあるものが見つかります。

そういう服なら途中で破れるなどして着れなくなっても、値段分は十分に元をとったと諦めもつき、心を痛めることなく捨てることができます。

 

私の場合、物は使っていくうちに寿命がくるものという前提で暮らしています。

無理して一生物の高い物を購入し、長年使って壊れて使えなくなった時のショックは計り知れません。

実際にそうなったらショックが大きく、諦めがつきそうもありません。

だったら、いずれは使えなくなるということを踏まえ、自分にとって妥当な価格で購入し、存分に使い込んで納得して処分する方が、自分の精神的にも気が楽です。

 

これは、あくまで貧乏性かつケチ、そして物に執着心のないミニマリストである私の個人的な考えです。

いずれにしても、自分にとって精神的にストレスのかからないやり方で物と付き合っていくのが良いでしょう。

 

ちなみに私の場合、人生を終える時には手元に何も残さずに去りたいと思っております。

明治時代の政治家である田中正造は、死去時の全財産は信玄袋1つの中に書きかけの原稿と新約聖書、鼻紙、川海苔、小石3個、日記3冊、帝国憲法とマタイ伝の合本だけというエピソードが印象的です。

自宅や土地などの財産は生前に地元の教会に寄付していたそうです。

私も最後は綺麗サッパリとして終えられたらいいなというのが理想です。