不登校の某少年がSNSで喚いている件で尾崎豊を思い浮かべた話

その他雑記

なんの脈絡もなく尾崎豊の話を取り上げるのですが、最近嫌でも目に飛び込んでくるあの話題に関連して頭に思い浮かびました。

 

自称少年革命家の某中学生がクラファンで集めた資金で日本一周した話がネットニュースでこのところよく目にしました。

クソほどの興味もないので、画面上に彼の名前が出てくると、見出しだけでも大体どんなことが起きているのかがわかってしまいます。

この少年革命家は小学生の時から不登校を続けており、同じ不登校に苦しんでいる子どもたちを救うために活動しているらしいですが。

YouTubeやSNSで世間を煽るような言動で反発・炎上することも多く、ちゃんと学校に行けと批判されているようです。

 

私自身は特に中学校・高校は好きではなかったので、不登校に関しては、行きたくなければ行かなければ良いと思っています。

小中学校は義務教育ではありますが、強制してイヤイヤ行かせる場所ではありません。

無理して学校に行って、万が一何かあった時に、結局教師が助けてくれるなんてことなどありません。

(私は金八先生のような教師は幻想だと思っており、今まで私が関わってきた教師は小学生自体を除き全てクソでした。)

 

私自身が学校嫌いで歪んだ少年時代を過ごしていたので、不登校に関しては寛容な方ではあるのですが、某少年革命家のイキって周りを煽るスタイルは好きになれません。

(一部では父親に洗脳されて操られているという噂も・・・)

どうせ不登校で自らの力を試して生きていくのであれば、もっとうまいやり方があるのになあと感じるのです。

そんな時に不登校といえば、かつて尾崎豊という十代の教祖と呼ばれたカリスマのことを思い出しました。

私は年齢的(40代)にリアルタイムで尾崎が活動していた時期を知っており、当時から別格の存在でした。

私自身は特に尾崎のファンというわけではなかったのですが、「15の夜」「僕が僕であるために」「卒業」といった曲には衝撃を受けました。

尾崎の歌詞は何かを解決したり、励ましたりという内容ではなく、等身大の自分が抱えている悩みをストレートに吐き出したものというのが当てはまるのかな。

それを同じような不満や不安・悩みを抱えた当時の10代20代の共感を呼び、尾崎はまさに代弁者でした。

まあ私はバイクを盗んで走ったり、夜の校舎を窓ガラスを壊してまわるような度胸はありませんでしたが、尾崎は特別な存在のように思えました。

 

その後、尾崎は薬物で逮捕されていくのですが、すでに心も体もボロボロだったのは、ファンでない私から見てもなんとなく感じていました。

晩年は命を削って最後の力を振り絞っているようでした。

そして1992年に夭逝するのですが、その日は家に帰り母親から「尾崎豊って知ってる?」と聞かれ「知っているけど、どうしたの?」と聞き返したら「死んだんだって」と返ってきました。

その時のことは今でも鮮明の覚えているのですが、ショックというよりは、やはり逝ってしまったかというのが正直な感想でした。

その後数日間はなんとなく力が抜けたというか空虚感を感じながら過ごしていました。

熱狂的なファンからしたら大してことではないですが、特段ファンでなかった私でも尾崎の夭逝は少なからず印象に残っています。

 

以上のようなきっかけから尾崎のことを思い出し、久しぶりに楽曲をいくつか聴きました。

尾崎が10代の頃の楽曲はもちろん素晴らしいのですが、今の年齢になると後期に発売された楽曲の方が刺さるものがあります。

個人的には「太陽の破片」と「街路樹」が特にいいです。

どちらも表面的には恋愛の歌にみえて、その詞はとても深い。

今になってもなかなか理解できていない気がします。

それを10〜20代で作った尾崎はやはり天才でありカリスマでした。

 

あまりにも尾崎の話が壮大すぎて、某少年革命家と比べるなどチャンチャラおかしな話ですね。

ただ1つ言えることは、尾崎が10代の教祖になったのは、等身大の自分をありのまま吐き出し、それが大きな共感を呼んだからです。

某少年革命家(とその父親)のように、自分を大きく見せ、敵を作ってバカにして炎上させるなどということをしても、本当のファンをつけることなどできません。

もし、革命を起こしたいのであれば、まずは自分の正直な気持ちを素直に文章化してもいいし、動画で語るのも良いでしょう。

どうすれな良いかわからないのであれば、尾崎豊の曲をリリース順に聴いて、そこから何かを感じ取るのが良いでしょう。

別に学校に行かなくてもいいが、本物の革命家やカリスマがどういう存在だったかは学んでおいて損はないでしょう。