川崎殺傷事件は人ごとではない|自分の弱さを受け入れる覚悟を

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日常・雑記

2019年(令和元年)5月28日、川崎市で起きた無差別殺傷事件。

犯人は首を指して自らの命を絶ってしまった為、真相を知ることはできません。

あまりにも凄惨でしたので、どのメディアも大々的に取り上げていますが、そこで語られるコメンテーターなどが言っていることはうわべだけにしか聞こえません。

当事者でないのはもちろん、自分は今回の犯人のような人間とは違うと言わんばかりの態度に正直イラっときます。

直接テレビを見たわけではありませんが、ネットなどに書かれていることから容易に想像はつきます。

 

このように犯人許せない一辺倒の報道ばかりですが、そんな中で今回の事件の真理に一番近いコメントをしていた人物がいました。

爆笑問題の太田光さんです。

 

太田さんのコメントには私自身も少なからず同調するものがありました。

私も、現在独り身で生活しているからこそ感じたことについてまとめてみました。

 

一度は人生に絶望した太田さんだからこそ、コメントは重い

太田さんが今回の川崎殺傷事件について語ったのは、テレビのレギュラー番組でのことでした。

それについて、以下で取り上げられました。

 

この中で太田さんがコメントは、犯人の真理に一番近く、かつ冷静にとらえていました。

以下、そのまま転載します。

意見を求められた太田さんは、「一人で死ねっていうことは、要するに、“甘えるな”ってことだと思うんだけど…」と、目線を出演者からはずして語り始めた。

「この犯人の場合は、自分も死ぬわけじゃないですか。自分の命も、たいして重く見ていないというか、自分が思っているような自分じゃなかったんだと思うんだよね。俺って生きててもしょうがないなと。

だけど、最後に一つ大きなことをする。でも、特定の病気だからっていうわけではなくて、そういう思いにかられることは、誰しもがあって

俺なんか(容疑者と)同じ50代ですけれど、高校生くらいの時に、何も感動できなくなった時があったんですよ。物を食べても、味もしない。

そういう時に『これはこのまま死んでもいいな』っていうぐらいまで行くんだけど、そうなっちゃうと、自分もそうなら人の命も大切には思えないよね。

だけど、その時に俺のきっかけだったけど、たまたま美術館行ってピカソの絵を見た時に、急に感動が戻ってきたの。

何を見ても感動できなかったんだけど、ピカソが理解できたってわけじゃないんだけど、その時の俺には『こんな自由でいいんだ表現って』っていうことで、そこからいろんなことに感動して、いろんなものを好きになる。

好きになるってことは、それに気づけた自分を好きになるってことで、それっていうのは、人でも文学でも映画でも何でもいいんだけど、そういうことに心を動かされた自分て、捨てたもんじゃないなって思うと、他の生きている生物や人間たちの命も、やっぱり捨てたもんじゃないって思える

(中略)

「俺は、すぐ近くにいると思うのね。彼のような人が」と強調。更に、カメラを見据えて「今、自分て死んでもいいって思っている人は、もうちょっと先に、それを見つける。きっかけさえあればって思うんだよね。すごい発見ができる」などと、メッセージを伝えていた。

<「ハフポスト日本版編集部」の記事より引用>

 

確か太田さんは高校時代、友達が一人もおらず、学校では誰とも喋らずに過ごしていたと聞いたことがあります。

今までは当時のことをちょっと強がって喋っていましたが、心の中ではやはり苦しみや寂しさを感じていたのですね。

過去にそういう経験をしてきたからこそ、今回の事件が起きてしまった背景を感じ取ったのでしょうね。

(もちろん本当にそうなのかどうかは犯人から真相を二度と聞くことができない以上、わかりませんが)

 

川崎で結局犯人が無差別殺傷を起こした理由は?

太田さんのコメント、色々と考えさせられました。

かつては私自身も人生に対して疎外感を感じていた時期が二度ほどありました。

一度目は高校生の時。

いじめというわけではないですが、同じクラスの一部の生徒から変ないじり方をされてから、自分に自信が持てず、縮こまってしまった時。

この時は担任も含めクラスの誰も信じることができず、教室で一人ポツンとしていた時期がありました。

この時は他のクラスの友人などと話したりすることができ、徐々にそういうことはなくなりました。

 

二度目は40代になり、まさに今です。

普通この年齢になれば結婚し子供も大きく成長しているころ、中にはすでに孫がいてもおかしくありません。

で、未だ独身のままの私。

特にそこまで強い結婚願望は持っておりませんが、たまにふと同世代と比べ私はなんなのだろうと考えてしまうときがあります。

さすがにこれ以上生きていても仕方がないという気持ちになることはありませんが、空虚を感じることはあります。

私もそんな過去があったので、太田さんの意見に同じことを思いました。

 

川崎の事件の場合、犯人は小さいことから祖母の虐待をうけ、小学生か中学生の時に両親が離婚させられ、叔父叔母夫婦の元に無理やり預けられてしまったそうです。

そして高校へは行かせてもらえず、そのままずっと生きてきたようです。

犯人の顔写真が中学生のものまでしかないというのも、闇を感じずにはいられません。

そんな環境に育ってしまったら、犯人の思想が歪んでもおかしくありません。

そして、次第に自分がこうなってしまったのを周りのせいにしてしまいたくもなるでしょう。

そして人生に絶望した時に、世間に復讐をしてやるという気持ちが自分を支配してしまうのでしょう。

 

川崎の事件で犯人が子供を狙った理由はわかりませんが、

  • 自分より力の弱い子供、幸せそうに過ごしているのが憎い
  • 叔父叔母夫婦の子供が被害者の通っていた小学校に通っていた
  • 自分をこんな風にした身内に復讐するため関連のある学校を狙った
  • 大人の大事なもの(子供)を消すことで、自分と同じ絶望感を味あわせてやりたかった
  • 自分をこんな風にした世の中の恨みを晴らすため、無差別殺人を起こしてやる

 

犯人の過去には同情しますが、かといって罪のない子供に手を掛けるのが許されるわけではありません。

犯人にはあの世で猛省してもらいたいものです。

 

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誰もが突然豹変して何もかも壊したくなる衝動に駆られる可能性はある

この件で大多数の人が、

  • 「犯人の過去には同情するけど、やったことは絶対許せない」
  • 「自分は引きこもりとかと違うから、こんなことやるわけがない」

 

だいたい、こんな感想を持ったのではないでしょうか。

でも、人生なんて何があるかわかりません。

今は順風満帆でも、突然奈落の底に叩きつけられることだってあります。

  • 例えば会社が倒産していきなり無職に!
  • 身内がヘマをして一気に借金まみれに!

 

また、自分がいくら気をつけていても、

  • 思いも寄らない自然災害!
  • 突然隣国からミサイルが飛んで一触即発状態!
  • 米と中がドンパチを始めて日本も巻き添えに!

 

さすがにこれは考えすぎですが、全く0というわけではない。

つまり、いつ何時何が起こってもおかしくはないということです。

 

もしかすると、そういう環境の変化によって自分の心理も歪んでしまい、考えもつかないような大胆な行動に出てしまうことだってあるかもしれません。

 

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自分の弱さを受け入れ、この先穏やかに生きていく強さを

結局何が言いたいのかというと、今回の川崎殺傷事件は「犯人許せない!」「被害者があまりにもかわいそう」というだけでありません。

いつ自分が加害者側になってもおかしくないということを認識することです。

 

平常な状態であれば、普通こんなことを起こすなんて考えるわけありません。

それは、

  • もし殺人などをしたら、自分がその後どうなるかわかっている
  • 人を殺めてしまったら周りの人間を不幸にしてしまう

ということをわかっているからです。

 

もし自分の身に思いもよらぬことが起こったら、正常な思考はできません。

おそらく今まで生きてきた中で、1人や2人くらいは絶対に許せない奴がいたのではないでしょうか。

仮に、そういう奴が自分や家族の人生をメチャクチャにしたら、まともに考えることができず殺意を覚えてしまうかもしれません。

 

では、そうならないためにはどうすれば良いか?

それは自分も含め、人間はちょっとしたきっかけで意思が崩れることがあるということを認識すること。

つまり自分の弱さを受け入れるしかないということです。

 

例えば私であれば、40過ぎてもまだ独身。

さらに今は自営で仕事をしているけど、いつ不安定な状態になってもおかしくない。

でも、そうなったのは世間のせいではなく私自身がそれを受け入れたから。

たまに心が折れる時もあるけど、恨みは心の中にだけ留め、たまに何かで発散するしかない。

結局は自分の現状を受け入れる強さも持たないといけないのだろうなと感じるのです。

 

今回の川崎の事件。

警察や自治体、関係者は事件の真相を慎重に捜査しています。

そして、そういうことが起こらないよう再発防止策を策定するでしょう。

ですが、今の日本では予算も人手も不足しており、抜本的な解決は無理でしょう。

自分自身で身を守るしかないと言いたいところですが、まずは自分自身と向き合うことが大事なのではと思います。

そして自らの弱さを受け入れ、まずは自分が加害者にならないこと、そして自分の家族や周りの人間とコミュニケーションをとり川崎の犯人のような人間が出ないようにすることが大事です。

もちろん簡単なことではありませんが、私自身もそう変えていかなくてはと強く実感しました。

 

自分の人生や運のなさを恨みたくなることもたまにはありますが、それも人生なのだと受け入れて良い方向に向くしかないのです。

多分、今の自分よりもっと不遇な環境にいる人間はたくさんいるはず。

人と比べるのはよくないかもしれませんが、自分はまだ恵まれていると考えることができるならば、心の中で感謝したいと思います。

 

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