ミニマリストは「見栄・プライド・自尊心」を捨てることも必要かもしれない

ミニマリスト全般

ミニマリストとして暮らしていると、捨てるもの(手放すもの)と残すものをどうしようかと時々悩むこともあります。

捨てるものは、別に物だけとは限りません。

以前、別の記事で「物・金・食・考」についてもミニマムかつシンプルにするコットについて取り上げた事があります。

これだけでも十分捨てるものは多いなあと思っていましたが、最近ある本を読んで「見栄、プライド、自尊心」も捨てるべきという一文を目にしてハッとさせられました。

今回はミニマリストにとって見栄・プライド・自尊心は必要なのか不要なのか考えてみました。

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ミニマリストは「見栄・プライド・自尊心」を捨てるべきなのか

「見栄・プライド・自尊心」を捨てるべきか。

これは、先日時間が空いて図書館に行った時に興味本位で読んだこちらの本に出ていたフレーズでした。

「年収1億円になる人の習慣」

果たした自分がなれるかどうかは別として、実際に年収1億円の人はどんな習慣、そしてどんな思考を持っているのかなと興味本位で手にしました。

内容としては、成功するには人より一歩先に、そしてモーレツに働こうというものでした。

効果があるなしは別として、もっと自分も頑張らないといけないなと意識は高まるかもしれません(笑)

 

私が今回、この本を読んで注目したのは、最後の方に書かれていた、ある一文でした。

成功するためには何を捨てる(犠牲)にするのかというとが語られていました。

テレビは見ない方捨てるとか、健康を手に入れるためお菓子やインスタント食品をやめるなど、ミニマリスト的にも納得させられる項目が並んでおりました。

そして、最後の項目には特にハッとさせられました。

「見栄・プライド・自尊心」を捨てる。

自分はどちらかというと、そういうものはあまり持ってないと自負していましたが、もしかすると違うかもしれない。

果たして、本当に自分は見栄やプライドを捨てることはできてるか、改めて考えてみました。

 

私なりに考える「見栄・プライド・自尊心」を捨てることというのは、恥をかくことを恐れないということではないかと思っております。

しかし、心の奥底では「そんなことも知らないの」とか、「馬鹿にされて笑われたくない」という気持ちを持っているものじゃないでしょうか。

特に歳をとると、より顕著になります。

例えば「知らないことを年下の人間に頭を下げて教えを請う事ができるか」なんてどうでしょう?

また、恋愛の面においても好きな人に恥も外聞もなく気持ちを伝えられるか?

今までの人生経験を振り返って、果たして今の自分にそういう事ができるのかなと考え直してみました。

もしかすると、いざとなると腰が引けてしまい何もする事ができないかもしれないのではないかと。

 

「見栄・プライド・自尊心」を捨てる。

言葉にすれば簡単ですが、実はなかなか難しいかもしれません。

でも、せっかくこのことに気づいたのですから、心に刻み、謙虚に生きていけたらなと思っております。

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「年収1億円になる人の習慣」その他に気になった部分

今回語り語ったことは全て書いたのですが、その他にも「年収1億円になる人の習慣」を読んで気になった部分を抜粋してみました。

これは口に出さなくても、自分がどう見られているのかというのがという本質は自分の見た目に現れるということですね。

色々な解釈ができると思うのですが、自分自身はどうなのかと振り返って改善できる部分は直していきたいですね。

 

また、著者自身はさらに自ら見つけた法則にしたがって、日々意識しながら行動しているようです。

この部分を読んで、なるほどなと感じた項目もありました。

第三者にどう見られているのかを意識しすぎて、見栄やプライドを張っているのではと勘違いしてしまいますが、それとこれは別ですので、しっかりも見極めて律する必要がありそうです。

 

年収1億円になれるかどうかは置いといて、自分の行動指針を見直すのにはとても参考になる1冊でした。